我が家の庭の紅葉

今日は朝から日が差さず、次第に寒くなって、寒気が迫ってきている感じがする。
北海道や東北では雪が降り出しているらしい。
 
菊の花がしおれて汚らしくなってきたので、2つともに根本からカットして整理した。
来年のあたらしい株が下からあまり上がってきていないのが気になるが、来年も花が咲くことを期待しよう。
支柱も取り除いてみると、淋しいがすっきりとした感じになった。
 
今我が家の庭で紅葉している木は、ドウダンツツジ、イチョウ、ハギ、ブルーベリーの4種類である。
今年は暖かかったせいか、ハナミズキが枯れずにきれいに紅葉したし、柿も紅葉がきれいだった。
ドウダンツツジも例年は紅葉せずに枯れてしまうのだが、今年はきれいに紅葉している。
ブルーベリーは毎年きれいな紅葉をして楽しませてくれるが、今年はケムシに葉を食べられて葉の数が少なくなってしまって少し淋しいが、赤い色がきれいである。
ハギとイチョウも黄色の美しい紅葉を毎年楽しませてくれる。
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丹沢山、塔ノ岳ハイキング

4日ぶりに晴れるという天気予報を信じて、丹沢山へハイキングに出かけた。
早朝は雲が多かったが次第に晴れ間が広がり、8時頃から快晴になったが、眺望が開ける主脈コースに10時半頃に出たら、雲が広がってきて富士山が半分隠れたり出たりするようになり、谷間からガスが吹き上がってきて何も見えなくなってしまった。
眺望はあまり良く無かったが、晩秋の丹沢を心行くまで楽しめたので、とても満足している。
 
5:42に自宅を出て宮ケ瀬湖にはガスがかかって煙っていたが、ワカサギ釣りを楽しむ釣り人が橋ごとに数人いるという盛況であった。あれだけ釣り人がいるというのはかなり魚影が濃いのかもしれない。
6:30に県道64号線と分かれて、県道70号線秦野清川線に入る。湖沿いの道は2車線の快適な道路であったが、山に入ると車が1台やっと通れる狭い曲がりくねった道になり、6:50に塩水橋に到着する。橋の周辺に3ケ所ほど駐車スペースがあるが、奥に車が1台駐車していたので、手前のスペースに車を停めて支度をする。
 
7:00にゲートを抜けて林道に入る。十分に広く舗装された立派な林道だ。薄くガスがかかっているが、空は雲の無い快晴の様子なのでそのうちに晴れるだろう。すぐに塩水林道が右に分かれ、橋を渡って左岸に変わると7:25に本谷吊橋の少し手前に丹沢山への道標があった。
登山道はガレ沢に沿って登り、シカ柵を木道で越えると植林の中をジグザグの急登が続いて7:47に天王寺峠に出る。向こう側の三つ峰の稜線は見えるが、展望はほとんど無い。
 
5分ほど休憩して息を整え、枝打ちされて良く手入れの行き届いた植林帯の中の急坂を登る。シカ柵で囲ってあるのに、その中の全ての檜の木の幹をプラスティックの網のカバーで覆い絶対にシカには食わせないぞという意気込みが感じられる。
薄くなったガスを通して、朝日が木漏れ陽となって差込み、幻想的な良い感じのムードがしている。
8:00に木道を使ってシカ柵を越える。
8:15に最初のピークに登らず、山腹を巻くように進み、3つ目のシカ柵を木道で越えると、ブナの巨木帯の急登になる。展望が全く無い樹林帯の中で、樹木だけが植林の針葉樹と原生林のブナに時々変わるが急登は変わらない厳しい尾根だ。
5つほどピークを越して8:55にようやく左手の眺望が少し開ける。
ここからはなだらかな山道にかわり、6つ目のピークを越えると、9:10に鞍部になる。道標は無いが、時間的にはここが堂ノ平の分岐かも知れないと思い、疲れたので10分休憩しておむすびを食べる。
 
9:20に出発すると、この先からはブナの原生林の中の厳しい急登になり、足が棒になってなかなかスピードが上がらないが、リスの可愛い姿を見つけてほっとしているうちに、9:43に堂ノ平の道標に着く。標準タイムより30分も余計にかかってしまった。
ここからは、明るい落葉したブナの巨木帯の中の緩やかな登りになり、苦労から開放されてルンルン気分で歩く。
9:55に頂上直下の崩壊に出る。一気に視界が開け、大眺望が広がる。
鎖の付いた岩場を慎重に越すと、ブナの原生林の中に木道が尾根道まで続いている。
かなりへばってしまって、ゆっくり階段の木道を一歩づつ登り、10:33に丹沢山の山頂に着く。熱いコーヒーを飲みながら10:40まで休憩する。大倉からのぼってきたという登山者が1人だけいた。
眺望はあまり開けておらず、富士山には雲がかかってしまっていて、景色も良くない。
 
10:40に出発して深い熊笹の中を下る。塔ノ岳までの稜線は基本的には視界が開けており、蛭ケ岳への稜線や玄倉川の干上がった石ころの河原が常に視界に入っている。雲が飛んで、富士山が見え隠れするので、途中で何度か写真を撮る。
11:02に龍ケ馬場に着く。熊笹の草原の中に、休憩用のベンチが一杯置かれている。さすがに丹沢の銀座コースである。
11:15にようやく雲が切れて富士山が美しい姿を見せるようになる。
11:23に日高に着くと、再び富士山が隠れてしまった。
11:30に崩壊の乗越しを過ぎると、木道の階段状の道が塔ノ岳の頂上まで続く。
尊仏山荘の近くに来ると、シカの雄雌2頭のペアが熊笹を食べていたが、手を伸ばせば届くような近さで、全く逃げる様子も見せず、登山者が餌付しているようないやな感じがした。
11:50にようやく塔ノ岳の山頂に到着して、昼食休憩する。
山頂の広場は、木の足場が同心円に何重にも組まれていて数百人が食事を出来るようになっており、銀座コースの象徴のような広場になっていた。
45年ぶりに来て見たが、冬の平日なのに、20人程の登山者が食事をしながら休んでおり、余りの人の多さにビックリしてしまった。携帯のアンテナは2本立っていたが、家への電話はつながらなかった。
 
12:10に出発して表尾根を下る。ひっきりなしに登山者とすれ違う。いくらなんでもこんなに登山者が平日に歩いているなんで信じられない。ガレの急降下を過ぎると緩やかな下りになったが、ガスが再び濃くなり何も見えなくなってしまった。数メートル先は見えるので、しっかりした登山道では迷うことはないが、やはり不安な感じはする。
12:30に木の又大日を過ぎ、木の階段を登ると12:43に新大日の頂上に着く。相変わらず心配なほどガスが濃い。
ここからは銀座コースと分かれて長尾尾根へ入る。
 
長尾尾根は初めての道だが、傾斜が緩やかで階段がほとんど無く、踏跡が明確で歩き易い山道が続く。
落ち葉が積もった山道を鼻歌を歌いながらルンルン気分で進む。表尾根とは打って変わって誰にも会わない。
12:58に境沢への分岐を過ぎるとガスが消えて見通しが良くなる。緩い下りの落ち葉でふかふかの道をスピードを上げて気分良く下って、13:30に植林帯の中の休憩所でケーキと温かいコーヒーで10分ほど休憩する。
 
13:40に出発すると、下りの勾配が急にきつくなり、木の根っこの階段が増えて、スピードがダウンする。
13:50に山道は稜線から右側の山腹を巻くようになり、どんどん右側に稜線から離れていってしまう。右へ右へと山腹を巻きながら下り、14:05に道標のある分岐に出る。
道標には右札掛30分、左キュウハ沢1時間30分と書いてあったが、迷わずに左に進む。
 
山腹の道は、いくつもの尾根を巻きながら少しづつ登ってゆくので、次第に心配になる。
14:25に沢の水音が大きく聞こえるようになると、ようやく山道が下りに変わり、林道のガードレールが樹木の間からチラチラと見えるようになる。
一度沢まで下りてから、右岸を沢沿いに下ると、14:40にやっと朝見た本谷吊橋についた。
紅葉をゆっくり眺めながら本谷林道を下り、15:05に塩水橋の車に戻った。
橋の周辺には9台も車が駐車していた。
支度をして15:12に出発し、宮ケ瀬湖を通って伊勢原を抜け、16:40に自宅に着いた。
東丹沢は我が家から本当に近い所にあると改めて思った。
 
 

野菜のマルチング(続)

今日も一日中小雨が降ったり止んだりの天気で、どんよりした黒い雲に覆われてさえない一日であったが、冷え込みは無く、暖かかった。
 
午後から雨が降り止んだので、昨日遣り残した野菜へのマルチングの続きを行った。
鋼線を加工した曲がった支柱は既に建っているので、不織布のシートを現物に合わせて切り取り、固定する作業を行った。
不織布は光の透過率が90%あり、水や空気も通すが、保温効果があり霜が降りないという魔法のような効果があるマルチング素材であるらしい。
幅1.5m×長さ5mのものしかお店で売っていなかったので、これをプランターに合わせて裁断加工して紐やガムテープを使って固定した。
端材が結構出たが、今後のパセリをはじめとする厳冬期でのマルチングに活用できそうな大きさの端材なのであまりもったいないとは思わなかった。
この処置により、冬野菜はいつ木枯らしが吹いても枯れることなく、来春まで我が家の食卓を賑わしてくれることだろう。

冬野菜のマルティング

昨晩から強い雨が降り続いたが、午前10時頃には雨があがり、午後からは日差しもでてくる天気に回復した。
気温が昨日の寒さと変わって妙に生暖かく、10月初旬の夏の終わりに戻ったような気候であった。
 
今日は暖かかったが、木枯らしに備えて冬野菜に不織布のマルティングを施すことにした。
プランター用の丸い支柱がお店に無かったので、2mmの太い鋼線を買ってきて、適当な大きさに切断して手で曲げて作ってみた。
土の中に十分に差し込めば、強度は十分にあるという感じがした。
不織布は光の透過率が90%あり、水を通すのでそのまま散水できるため、カバーをかけたままで済むので手軽で良いと思って購入してきたが、幅1.8m×長さ5mのサイズをカットして揃えるのが結構大変で、水菜用に幅を1.3mにカットして隅を仮止めしただけで日が暮れてしまい、明日再び作業をすることにした。
 
明日も午前中までは雨が残り、午後から晴れ間が出る予定で、明後日から週末にかけては寒波がくるという予報なので、何とか明日中にはマルティングを完成させたい。

真保裕一 栄光なき凱旋(上)

今日は昨日とは打って変わって朝から雲が分厚く、終日日が差さないために寒い一日であった。
 
真保裕一の「栄光なき凱旋(上)」を読了した。
山崎豊子の「二つの祖国」と同じように、第二次世界大戦中の日系2世の苦悩を描いた作品である。
 
上巻は真珠湾と志願兵の2章からなり、ロスアンゼルスに住む日系2世のジローとヘンリー、ハワイに住む日系2世のマットの3人に関する話が別々の物語として進行する。
ジローは日本に9年間住んだことがあるが、外人として排斥されてアメリカに逃げ帰ってきた若者で、母親とも絶縁して、日系人とも交わらず、ヒスパニックの居住区に住み、肉体労働をしながら一人で自立して生活していた。
真珠湾攻撃で食肉の配達の仕事は首になるが、すぐに新しい仕事を見つけて働いていた。
ヘンリーは大学の卒業をまじかにして米国の銀行への就職が内定していた日系2世のエリートであったが、真珠湾攻撃を機に銀行への就職もキャンセルされ、日系人のキャンプに収容隔離されて生活が一変してしまう。
マットはハワイの大学生で薬局を経営する父親の元で、青春を謳歌していたが真珠湾攻撃を機に父親はスパイ容疑で逮捕され、大学を休学してアメリカ軍の労働奉仕に精をだす。
結局、ジローは南方での日本軍との戦争で語学兵として活躍し、ヘンリーは兵役を志願し、マットは日系人部隊に入隊するところまでで上巻は終わりだが、両親が敵国の日本人で、本人はアメリカ国籍を持つアメリカ人である日系2世の若者たちの人間としての生き様を丁寧に描いていることに感心した。
 
 

大岡越前の守墓所

今日の日中は小春日和の陽気であったので、近くにある大岡越前の守の墓所まで足を延ばして晩秋の自然を楽しんだ。
 
10年ぶりに近い久しぶりの散策であったが、藁葺きの民家や400年経った巨木を含めて何も変わっていなかった。
パソコンのような世界では、日進月歩で変化してしまい、10年も経ったら何も残っていないが、悠久の時が流れている世界は何も変わっていないので、その中に身体を置くと本当に心が癒される。
 
私も今年の6月までは、日進月歩の実業界に身を置いていたが、定年退職してからは心の中から全て抜け出ていってしまって、今はそうした世界に全く関心が無くなっている。
実業というが悠久の時が流れている世界から見てみると、泡のようにすぐに消えて無くなってしまうものは虚業に近いという感じがする。
もっとも、何も変わらない社会では、なかなか新しい業務が生まれないので、社会は停滞してしまうことになる。
若者たちは、世界に伍して最新の世界に、年老いたら悠久の世界にというのが便利そうではあるが、そう簡単には悠久の社会も新参者を迎えてはくれない。
困ったものである。

ゴーヤ、ピーマン整理

今日は早朝冷え込んで、5℃を下回る寒さであった。
早朝のウオーキングでは、星が寒さで一層輝きを増してギラギラと輝いている感じがした。
気温が下がると飽和水蒸気が減るために、空気中の水分が減少して、大気の透明度が増えるが、それにしてもすごい星の輝きであった。
 
日中は太陽が燦燦と降り注ぎ、北風も吹かなかったために、気温がぐんぐんあがり20℃近くまで上昇して小春日和そのものの陽気であった。
朝晩の寒さが厳しくなってきて、ゴーヤの葉が枯れだし、ピーマンの葉は元気が良さそうに見えるが、ピーマンの実が小さいままで腐ってしまうようになったので、ゴーヤとピーマンの整理を行った。
ピーマンは小さな実を50個ほどつけており、温度さえ高ければまだまだ生育しそうであったが、12月を迎えたくなかったので、一緒に整理をしてしまった。
夏野菜の残りは、ミニトマトだけになってしまったが、ミニトマトは青い大きな実が50個以上残っており、着実に紅く熟れてくるので、もうしばらくそのままにしておくことにした。
今年は暖冬の影響で、ダイコンが取れすぎて1割廃棄を行っているニュースが報じられているが、来週は12月になるので、我が家の夏野菜はこの当たりで終わりにしたい。

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